Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
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東京を離れた俺は、軽井沢駅まで迎えに来た添田の車で屋敷に向かう。
身体にまとわりつくような細かい雨が降っていたが、傘をさすほどではなさそうだ。
七月上旬の梅雨まっさかりの軽井沢は天気が変わりやすく、一時的に観光客が減る。だが、瑞々しい緑の木々やいまの季節にしか咲かない花など、地元住民しか知らない魅力を味わえる季節でもある。“星月夜のまほろば”も今週は土曜日の二棟しか埋まっていないとのことだ。
「逆に、いまの季節なら別荘地を自由に探索可能です。喜一さまの遺言書を探す絶好の機会かと」
「……そうかもしれないな」
須磨寺の遺言書の内容を確認し、ネメの相続を見届けてから正式に土地売買の手続きをしたい、と添田に告げれば、それだけでよろしいのですか、と問い返される。
「彼女のことは、どうされるのですか」
「添田が考えている通り、ネメが俺を受け入れてくれているというのなら。俺は彼女に求婚する」
東京で、見合いをさせられたと言えば、添田も顔を青くする。彼は俺がネメを軽井沢に閉じ込めてこのまま愛人として扱うのだけはいただけないと、珍しく意見する。
「そんなことはしない」