Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

 俺は彼女が欲しくて、ここまで動いたのだ。法的な婚姻関係なくして、彼女を守ることはできないと、そう思っているから……須磨寺のように。

 別荘地の門を通過し、山道をのぼった先に、白亜の城を彷彿させる屋敷がある。駐車場には見慣れない白い車が一台……誰か客人でも来ているのだろうか。
 添田の車から降りた俺が耳にしたのは、繊細なピアノの音色。雨だというのに一階の応接間の窓が開いていた。そこから、ショパンが聞こえてくる。

「……雨だれだ」
「珍しいですね、奥様が応接間でピアノをお弾きになるなんて……紫葉さま?」
「様子を見てくる」

 ネメが応接間でピアノを弾いたのは須磨寺の骨壺があったときだけだ。教会墓地へ納骨して以来、応接間でピアノなど彼女は弾いていなかったのに……
 玄関ホールで家政婦と鉢合わせしたので話を聞けば、雲野さまがいらしている、とのこと。紡が、俺が留守の時に屋敷でネメのピアノを独り占めしている――!?

 開きっぱなしの扉の向こうでは、ぼそぼそと話をつづけているふたりの声がする。
 須磨寺の遺産相続に関する話だろう。俺は耳をすませて扉の近くで立ち止まる。

「……遺産を相続することはそう難しくない」
「ごめんなさい、あたまのなかこんがらがってきちゃいました……」
< 165 / 259 >

この作品をシェア

pagetop