Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
それならば下階にあるピアノを弾けばいい。防音効果のある応接間なら、誰にも気づかれることなくこのストレスを発散させることができるはずだから。
――そう思ったのに、ネメを起こしてしまった。
「相変わらず、繊細でキレイな音を出すのね」
「お前ほどじゃないさ……さっきはすまない。身体は大丈夫か」
気まずい気持ちになった俺はドビュッシーの「月の光」をゆっくり奏でながら、ネメに問いかける。大丈夫、と首を振って彼女は申し訳なさそうに口をひらく。
「ごめん……考えが足りなかった」
「ネメ」
「紡さんから、学生時代の彼方のことをきいたわ。わたしが音大に行ってピアニストデビューした頃のこと」
「……あいつ、なんか変なこと言ってなかったか」
「シューベルトになる、って公言してたって」
――な!?
どうやら紡は、ネメの知らない俺について暴露していたらしい。
「公言はしてない……けど、ライブハウスの仲間にはよく話したかもな」
「ジィンとか?」
「あー、そうだな。仁が経営するライブハウスの土地はもともと雲野のとこのだから、きっと噂に尾びれがついてとんでもないことになったんだろう」
「うわさ?」