Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
「そ。ネメが音大に入る前後かな。俺の母が紫葉不動産のトップと再婚したことで、俺のことをやっかむ奴らが“シンデレラボーイ”なんて呼ぶようになって……そのときに俺はシンデレラなんてタマじゃねぇ、シューベルトになるんだ、って」
「なにそれ」
「お前のせいだぞ」
「わたし?」
「――言ったよな。シューベルトの妻になる、って」
脳裡に蘇るグランデュオの壮大な二重奏。俺と連弾した第四楽章のことを、ネメも覚えていたらしい。ふわりと顔を綻ばせて、恥ずかしそうに頷いた。
「……覚えてる」
「あのときから、俺はシューベルトになって、ネメを妻にするんだ、って」
「それで、ピアニストになったわたしの熱狂的なファンになったの?」
熱狂的、かはわからないが、たしかに調律師仲間やバンドでつきあいのあった仲間たちには推していた気がする。俺は彼女の鳴らすピアノの音がすきなのだ、と。
「デビューのときにシューベルトのセレナーデを弾いていただろ? それだけで天にも昇るような気持ちになった。夢を叶えて世界へ羽ばたいていくお前が眩しかったし、誇らしかった」
「でも」
俺が誇らしいと言ったところで彼女は困った顔をするだけ。