Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

「で、でもそれなら別にわたしじゃなくても良かったってことでしょう? 添田さんや、病院の担当医さんや、雲野さんに遺言書を渡せばそれで」
「彼らは喜一さんの特別縁故者の対象に入らないよ。およそ三年間事実婚関係にあったネメちゃんだけが、遺産を引き継ぐ資格を持っているんだ……たとえ遺言書が見つからなくても、って思ったけど、それは俺の思い違いだったかな」

 紡の自嘲するような言葉は、わたしにはよく理解できなかった。
 けれど、夫は死の三年前から、この土地とすべてのピアノを守るために予防線を張っていたのかもしれない。わたしが父親の形見のピアノを預ろうかと提案してきたあのときから。
 自分を看取らせるついでに、土地とピアノを継承させればいいと。
 法的な婚姻をしていると見せかけたのは、周囲を欺くため。夫の死後、この土地とピアノを相続する人間は決定していると、添田や家政婦たちをはじめ、身近な人間に知らしめるため。
 そして、白い結婚状態のわたしにバツをつけさせないため、彼は最期までこの茶番をひとりやり遂げたのだ……

「この住所に、心当たりは?」

 彼はどこまで考えていたのだろう。自分が死んだら、すきにしろと言っていた彼は……
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