Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
シューベルトと初恋花嫁の秘密《3》
上機嫌で寝室のピアノを弾いているアキフミの流れるような指先を見つめながら、わたしはちょこんと寝台の上に座り込んだまま、今日の出来事を反芻していた。須磨寺音鳴だと思っていた自分が、鏑木音鳴のまま、この地で暮らしつづけていた現実は、事前に紡に言われていたこともあって、思っていたより戸惑うことはなかった。
それよりも、夫がわたしの新しい本籍地に遺言書を隠した可能性を指摘されたときの方が、驚きは大きかった。
――夫の遺言書は、“星月夜のまほろば”三号棟のどこかに隠されている。
すぐにでも確認したかったが、戸籍謄本に記された本籍地を実際に訪れるのは週明けに持ち越されることになった。折しも今日は金曜日。梅雨はまだ明けていないとはいえ、既にシーズン真っ只中の“星月夜のまほろば”は週末にかけて予約で埋まっている。
利用者と顔を合わせてまで探す必要はない、遺言書探しを行うなら、週明けの月曜日にゆっくり行えば問題ないだろうというアキフミの判断で、今日は解散となったのだ。
「せっかくヒントが出揃ったのに、この週末に動けないのはもどかしいね……」
「そうか? 俺はなんだかワクワクしてきたぞ」