Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
ピアノを弾く手を止めることなく、彼は呟く。いま弾いているのはちゃんとしたクラシックではない、彼が独自にアレンジしてアドリブで演奏しているセクシーなオリジナルジャズだ。
そういえば、今日のアキフミと紡は終始楽しそうにしていた。
まるで、宝探しをしている子どものよう。
「紡さん残念がってたわよ。遺言書が見つかったら真っ先に内容を教えてあげないと」
「俺は嬉しいよ。ネメとふたりきりで“星月夜のまほろば”の人気スポットに行けるんだから」
「もう」
アキフミの秘書である立花は軽井沢駅付近のビジネスホテルに一週間ほど滞在予定だという。遺言書の探索にも協力したいと言っていたが、アキフミはわたしとふたりきりで遺言書探しをしたいらしく、渋い顔をしている。
紡とアキフミの双子の弟たちは、その日のうちに新幹線に乗って東京へ戻って行った。週末も自分たちの会社の仕事が山積みらしい。社長やそれに準ずる立場の人間からすると、忙しいのはいつものことだと言っていたが、そう考えると目の前のアキフミは社長なのに軽井沢で優雅にピアノを弾いていて仕事は大丈夫なのだろうかと不安になってしまう。
「どうした?」
「アキフミは、仕事は大丈夫なの?」
「俺が最優先にしないといけない仕事は、花嫁探しだからいいの」