Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

   * * *


 目の前が真っ暗になる。職員室にたどり着いたとき、既に柊は退学届を提出して学校から立ち去っていた。

「先生……柊くんは」
「もう帰ったわよ。残念ね、彼のピアノが聴けなくなるなんて」
「じゃあ、グラン・デュオは……課題曲は」

 わたしの不安そうな表情を見て、教師は心配しないでと声をかける。他の人に頼むから、と。
 無言で職員室を後にする。
 ……嫌だ。彼と弾きたい。
 無理だということはわかっている。だけどだけどだけど……!

「ネメ、次の授業」
「ごめんわたし帰るっ!」

 じっとしていられなかった。ここで諦めたらわたしはまた、以前のように音楽をなめてしまう。柊がいてくれたから、柊が教えてくれたからわたしは、音を楽しめるようになった。
 彼に会わなきゃ。
 鞄に楽譜を押し込んで、教室を飛び出す。
 向かう先は……クワトロダウンステアーズ。
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