Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

シューベルトと初恋花嫁の秘密《4》




 翌日の土曜日は久しぶりの晴れだった。アキフミと一緒の寝台で抱き合ったまま夜を明かし、窓から差し込む朝陽で目覚めたわたしは、いまだに隣ですやすやと寝息を立てている彼を見て、幸せな気持ちになる。

「……アキフミがまだ寝てるなんて、珍しい」

 いつもわたしより先に起きて、寝室のピアノを演奏していた彼が、いまも夢の世界にいる。
 彼の穏やかな寝顔を見ていたら、このまま寝かせておきたい自分と、早く起こしたい自分が心のなかでせめぎあいをはじめてしまう。もしかしたらアキフミも、寝ているわたしを見て、悩んではピアノを弾いて誤魔化していたのかもしれない。寝ていても起きてもやさしい気持ちでいられる音楽を選んで。

 彼を起こさないように身体を起こし、夜着姿のまま、ピアノの椅子に腰掛ける。
 くるぶしまでの長さがある夜着はまるで、コンサートのときに着たロングドレスのようだ。
 ピアノの蓋をゆっくりと開ける。彼が調律したわたしの父親の形見のアップライトピアノ。その隣に置かれている小さな引き出しから二冊ほど楽譜を取り出し、譜面台へ乗せていく。アキフミは暗譜している曲が多いけど、いちどピアノから離れたわたしは楽譜があった方が安心して弾くことができる。あと、いきなり難しい曲を弾く前に指を温める必要もあるのだ。
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