Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

シューベルトと初恋花嫁の秘密《5》




 アキフミが運転する車で連れてこられたのは、軽井沢にできてまだ新しい大型アウトレット施設だった。仕事で着るネクタイを選んでほしいと頼まれて、紳士服の店でわたしはブルーグレイのネクタイを選んであげた。そういえば、まともなスーツを着て仕事している彼の姿は数回しか見たことがない。屋敷での彼は常にラフな格好だったし、再会したときは夫の葬儀でブラックフォーマルを着ていたのだから。

「社長のネクタイを選ぶなんて、重大なお仕事だね」
「そう深く考えなくていいよ。俺はネメが選んでくれたネクタイをつけたいだけだから」

 なんだかすでに社長夫人みたいだ、と心のなかで呟いて緊張していたわたしは、アキフミが持っているダークグレーのスーツを思い浮かべながら、なるべく失敗しないようにベーシックな色味を選んだつもりだ。
 そんなわたしを面白そうに見つめるアキフミは、「せっかくだからもうひとつお願いしようかな」と陳列棚に並ぶネクタイを指差してわたしに迫る。

「ひとつでいいんじゃなかったの?」
「そんなわけないだろ。これから表に出る勝負服の準備をしたいんだから」
「勝負服?」
「これが俺の妻だ、って紹介する際にお前が選んだネクタイをつけて臨みたいんだよ」
「――本気?」
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