Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
「ああ。だからその前に、どうしても須磨寺の遺言書を探したい」
遺言書に書かれている内容次第で、アキフミの駒は変化する。
わたしがバツイチじゃない、事実婚関係にあったという戸籍謄本はふたりの結婚を認めてもらうための立派な武器になるが、それだけでは心もとないのも事実だ。
実家から除籍された天涯孤独の元ピアニストが手にするであろう遺産を、内縁の夫はどう相続させるのか。たったひとりに託すのか、それともほかの人間にも分け与えるのか……
添田はアキフミの名前も書いてあるだろうと言っていたけれど、紡の名前が書いてある可能性だってまだ捨てきれない。土地とピアノをはじめとした夫にまつわる全財産を分配するとなると、他の人物の名前も記されているかもしれない。
「たぶん、遺言書自体はすぐに見つかる場所にあると思うの。わたしの本籍地を“星月夜のまほろば”三号棟にしたのは、きっとそこに……が」
「あら、礼文さまじゃありません? このような場所で奇遇ですわね!」
ぽつりと零したわたしの言葉は、甲高い第三者の女のひとの声に、かき消されていた。