Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
ヒートアップする詩の背後でちらちらと白い影が揺れている。中学生くらいだろうか、詩の妹だという詞がわたしの方へひょいひょい、と手招きをする。この場から逃げた方がいいよ、と心配そうに瞳を曇らせている。彼女もお姉さんが怖いのだろう、おどおどしている彼女を見て、荒ぶっていた心が凪いでいく。
分不相応だと思うのなら、それを自ら変えていく努力をしなくては。
「言いたいことはそれだけでしょうか?」
大丈夫、わたしは逃げるような後ろめたいことなんかしていないもの。
すべてを奪われたあのときと違って、いまは傍にアキフミがいてくれる。
使用人と蔑まれようが、内縁の妻と罵られようが、遺産目当ての女狐と嘲笑されようが、わたしはわたしだ。
「申し遅れました、わたしは“星月夜のまほろば”別荘管理人の元ピアニスト、鏑木音鳴。先日は東京でアキフミに稚拙な演奏をお見せされたそうですね?」
夏の軽井沢の緑の風に乗って、わたしは宣戦布告する。
「アキフミは、腐った音が大嫌いなの。叩きつけるだけのフォルテみたいな女は、嫌われましてよ?」