Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
想いを託されたシューベルト《4》
『この遺言書を読んでいる、ということはわしはようやくくたばったということだろう。
ねね子……いや、音鳴はちゃんと、遺言書の在り処がなぜここにあるか、理解しただろうね』
冒頭には須磨寺の筆跡で、ネメへの言葉が綴られていた。
『相続手続きにはまず、戸籍謄本が必要になる。音鳴には婚姻届に署名してもらったが、わしはそれを役所に出していない。本籍地だけをここに移した。だからお前は鏑木鳴音のままだ。わしが死んだからといってバツイチの未亡人だと囁かれることもないだろう。お前はまだ若い』
読み上げるネメの手が震えている。
『この土地とピアノは音鳴に渡すが、生きていくためにお金が必要なら売っても手放しても構わない。それともお前が愛するシューベルトがすでに土地とピアノを押さえていたりしてな』
シューベルト、の言葉にネメが目をまるくする。
俺もまさか須磨寺が遺言書でシューベルトについて言及しているとは思いもしなかった。
『屋敷にある骨董品のうち、三つの壺を雲野の親父に、峰子が編んだひざ掛けと一緒にくれてやれ。あの男のふたりの息子には、銀のネクタイピンを』
紡と弟の名前の下に、銀のネクタイピンのことが書いてある。