Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
chapter,5

シューベルトと婚約の試練《1》




 降りつづいていた雨は、予報通りにやんだらしい。わたしは彼に乱されたガウンを着なおし、リビングの窓から見えはじめたおおきな月を前に、目を瞠る。ガラス張りのおおきな一枚窓に映る藍色の空と黒き森を、薄くなった雲の間から照らすクリームイエローのまるい月は、まるでわたしとアキフミの情事を雲に隠れて見ていたかのようだった。
 時計の針は午後八時。夫の遺言書を読み上げていたはずが、そのままソファの上でアキフミに抱かれてしまったわたしは絶頂と同時に気をやってしまったのだろう。三十分くらい記憶が抜けている。

「アキフミ?」
「ネメ。気がついたか? メシ、できてるぞ」
「……アキフミが作ったの?」
「材料炒めただけだ。大したことはしてない」

 キッチンから鼻孔をくすぐるスパイシーな香りが漂ってくる。どこか懐かしい、食欲をそそるカレーの匂い。ダイニングテーブルのうえには二人分のカレーのお皿がスプーンと一緒に置かれていた。彼はわたしが起きてくるまで待っていたのだろう、水道の音から彼が調理器具を片付けていることが理解できる。
 ゆっくりとソファから起き上がり、わたしはキッチンで洗い物をしているアキフミの隣に立つ。

「手伝うよ」
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