Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
初恋の少女はお金のないシューベルトを選ばず、パン職人の妻になった。お金がないから、恋が実らない、なんておかしい。
――じゃあ、わたしだったらどうする?
わたしも柊が奏でる旋律に合わせて、音を鳴らす。自分の想いを、音にする。
たとえお金がなくても。好きな人の傍にいたい。そんな現実を選ぶことは、できる?
まるでそんなわたしの心境を理解したかのように、柊がパートを委ねてくる。
最初は適当だった音階が、統一されて、やがて偉大なる二重奏へ。それは、わたしと柊じゃなきゃ弾けない、二人でしか鳴らせない音だった。
無我夢中になって、鍵盤を叩きつけたり撫でたりして奏でた。フィナーレ。ぴたり、呼吸が合わさる。気持ちいい!
確かな手ごたえを胸に、わたしは聞く。
「腐ってない?」
柊が、わたしの瞳を見て、誉めた。
「やっと、自分だけの生きた音、鳴らせたな」
そして、空気に溶けたわたしへの呼びかけ。
「ネメ」
柊が、笑いかける。
「俺の夢を託しても、いいか?」