Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
* * *
「添田さん、留守の間よろしくお願いします」
「おまかせください、奥様」
結局添田はこうなる展開を予想していたのだろう。前に仕えていた主人の遺言書の内容を告げれば、心の底から安心した声で呟いたのだ。
「やはり、奥様は奥様でしたね」
わたしがアキフミの奥様に収まり、何事もなく土地とピアノが相続される未来に異論があるわけもなく、彼はふだんどおりにわたしとアキフミに接しつづけている。
「……なんかまだ、実感が湧かないんだけど」
JR軽井沢駅ホームで東京行きの新幹線を待つわたしを見て、アキフミが苦笑する。
「自家用車で行くことも考えたが、いちいち車を停める場所を考えるのが面倒だったからな。添田に頼んで二人分の指定券を取ってもらったよ」
「アキフミって一度決めると動くの早いよね」
高校のときから彼の決断力の早さには唸らされたものだ。退学を決めたときの諦めの良さには驚いたが、その後も彼はわたしとの再会を夢見て大検を取得したり調律師の資格を取ったり、わたしの所在を知って社長になったり夫と接触したりと目まぐるしく動きつづけていたのだ。
九年もの間、初恋を引きずっていた彼と、初恋を眠らせていたわたし。