Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
妖艶なワインレッドのロングドレスが似合うアキフミの母親は無邪気なひとだった。彼を十代のうちに出産し、さまざまな男性とお付き合いを繰り返した後、いまの夫と運命の出逢いをしたという。よく言えばロマンチストだが、子どもの頃からさんざん振り回されたアキフミは、自己中心的で楽観的な尻軽女だと辛辣な評価をしていた。このひとが自分の義母になるのか、という不思議な気持ちになったが、アキフミの意志を尊重してくれるという正直な彼女の言葉に、嘘は見られず安心した。
「アキフミ。彼女は“星月夜のまほろば”の前所有者である須磨寺喜一の後妻だと聞いたが……?」
その一方で、怪訝そうな表情を終始浮かべていたのがアキフミの義父で、紫葉グループを統べる紫葉不動産社長紫葉章介だった。彼はまだ、遺言書の内容を知らされていないのだろう。ただ、息子が妻にしたい女性がいると知らされただけで。
「彼女の戸籍に傷は何一つついていません。こちらが証明になると思います」
アキフミはわたしの戸籍謄本と夫の遺言書のコピーを取り出し、義父へ差し出す。わたしの身元などすでに調査済みであるはずなのに、彼はアキフミの真剣な表情に圧されて二枚の書類へ目を通す。
「……亡き須磨寺氏がそれでよいというのなら、問題はないだろう」