Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
「ありがとうございます」
「ただし。三日後のパーティーで試させてもらう」
「……え?」
「元ピアニストなのだろう? クライアントを喜ばせる演奏を我々に披露してくれ」
「親父」
「アキフミ。パーティーの席にはお前が泥を塗った多賀宮商事の社長一家も来る……彼らを納得させられるだけの技量が彼女にあるのなら、別に問題ないだろう?」
章介の挑むような瞳に射られて、わたしは硬直する。
彼は鏑木音鳴がピアニストを退いた理由を知っている?
大勢の人前でピアノを弾くことができなくなって、軽井沢に隠居同然の身になったわたしを表舞台へ引きずり出して、紫葉リゾートの社長の妻としてふさわしいかジャッジしようとしている。
「もし、弾けない、と言ったら……?」
「アキフミの妻としては認めるが、紫葉リゾートの社長夫人としての器は足りないと判断する」
「……どういう、ことでしょうか」
「入籍は認めない。須磨寺氏のように内縁の妻として軽井沢に囲っておけばいい」
「ネメを愛妾にしろというのか!?」
「待ってアキフミ。大丈夫だから」
激昂するアキフミを見て、わたしは自分の心を落ち着かせる。
ピアニストを辞めてから、わたしは身近な人間にしかピアノの音を聴かせていなかった。