Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
ピアノの練習に夢中で、ゆっくり休む暇もなかったわたしが目覚めたとき、鏡の向こうで楽しそうに微笑む自分が待っていた。
――そうだ、自分が自分じゃなくなるこの感覚。ピアニストとして演奏していたときにいつも感じていた高揚感。蛹だった蝶が羽化する直前のような複雑な気分。
アキフミの母と仲が良いという女性スタイリストは慣れた手付きでわたしの髪を結い上げ、白銀の蝶のバレッタをトップに飾ってくれた。
シンプルな星空色のドレスによく似合う、中心のサファイアが目立つ白銀の蝶のバレッタは、アキフミが東京のデパートで見つけて一目惚れしたものだという。いつの間に買ったのだろう……たぶんわたしがスタジオ練習で夢中になっていたときか。
化粧を施され、青白かった肌にも柔らかい赤みが増す。眠そうな瞳にもアイメイク。まるで魔法をかけるかのように、スタイリストはわたしの全身を磨き上げ、満足そうに肩を叩く。
鏡からちらりとのぞいたアキフミの姿を確認したわたしは破顔する。
「――綺麗だよ、ネメ」
「アキフミも……」
お互いに見つめあったまま黙り込んでしまったのを見て、スタイリストが初々しいですこと、と上品に笑う。
「旦那様、奥様、いってらっしゃいませ」
そしてわたしとアキフミは本日のパーティー会場へ向け、出陣した。