Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

 ネメ・カブラギ、と久々に呼ばれてわたしの身体が凍りつく。
 心配するアキフミに「だいじょうぶ」と視線で伝えて、わたしはその場で深呼吸する。
 だが、そんなわたしを嘲笑うように、もうひとりの女性の名が、章介の口から飛び出す。

「ウタ・タガミヤ。貴女にも挽回のチャンスをあげましょう。どうぞ、舞台へ」

 アキフミと見合いをした多賀宮詩は、章介の言葉に頷き、くるりとわたしの方へ顔を向ける。
 裾の長いマゼンタ色のドレスを引きずる彼女は、アキフミににこやかに笑いかける。

 ――これじゃあどっちが婚約者かわからないじゃない!?

 詩はわたしとアキフミに軽井沢で矜持を傷つけられたことを根に持っているのだろうか。いまさら本気でアキフミの妻の座を求めるとも思えないが……

「礼文さまの心が貴女にあっても。社長夫人となるもののふるまいでしたら、負けませんわよ」

 そして我先にとピアノの椅子に腰掛けた彼女は、勢いよく演奏を開始する――……
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