Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
「ねね子さん……いや、ネメだろ?」
なのにどうして。
あのとき見たのは他人の空似だと、そう思ってやり過ごしたのに。
あれから九年が経過しているのに、いま、目の前に初恋の彼がいるなんて……
「――やっぱり。まさか結婚していたなんて……」
「あのときの、調律師さん? どうして?」
「しらばっくれるな。アキフミだよ。あのときみたいにそう、呼んでくれよ」
喪服姿で項垂れていたわたしに近づいてきた漆黒のスーツ姿の男――かつて柊礼文という名でわたしと同じ学校に通っていた男はいま、紫葉礼文と名を改め、未亡人となったばかりのわたし、須磨寺音鳴の前に跪く。
紫葉という名の調律師がピアノをみてくれたのはほんの一ヶ月前。あのときは初恋の彼が成長したらこんな風になるのかな、と思っただけだった。けれど、いま目の前にいる彼は……
「覚えてるだろう? シューベルトの妻」
調律師の紫葉は、紫葉不動産紫葉リゾート代表取締役という名刺を持っていた。
手渡された名刺を見て挙動不審に陥るわたしに、アキフミは告げる。
「さっき、即金で解決しておいた。お前が管理している別荘地“星月夜のまほろば”は、今日から俺のモノだ」
「……え」
「安心しろ。お前には引き続き、この別荘地の管理を任せてやる。もう、身内のごたごたに巻き込まれることもない……ただ」
獲物を見て舌なめずりをするように、アキフミはわたしを見て、淋しそうに嗤う。
「――もう二度と、お前を他の男のモノになんかさせないからな」