Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
軽井沢の春は遅く、ゴールデンウィーク前後に咲きはじめる真っ白な辛夷の花が合図になる。陽だまりに野の花がつぼみをほころばせて存在を主張しはじめるのはもうすこし先で、五月の半ばに入ってから。
里山の雪が完全にとけ、木の芽が萌えだす頃には若葉祭りが開催され、国内外から観光客が集まりはじめる。
須磨寺が所有している北軽井沢の一角は、軽井沢の駅から車で二十分ほどのところに位置している旧くからの別荘地で、ゴールデンウィークがはじまるとほぼ同時に観光シーズンがはじまる。いままで冬眠していた生き物が覚醒するかのように、利用者で賑わいを見せる姿は圧巻で、隠居している身の自分ですら、心を躍らせてしまう。
「今年もまたはじまるのですね」
「ねね子には苦労をかけるね」
「いいえ。旦那様はわたしの恩人ですから、このくらい……」
「貴女は、いまの生活が物足りないのでは?」
「……そんなことは」
「ねね子はまだ、戻れるよ。わしがいなくなったら、とっととこの土地を売り飛ばして」
「イヤです」
思いがけず、強い否定の言葉を発していた。