Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
彼は主人の亡き妻に似た若い女であるわたしの存在を渋々認めてくれている。けれども夫が死んだら、彼はわたしを切り捨てるのではなかろうか。遺産目当てで結婚した女狐だと、そう思われていてもおかしくなかったのだから。
――こころよき歌声に、むすばずやたのしゆめ。
「最期に、教会で懺悔をしたかったが……無理だろうな」
わたしがゆっくりと弾くシューベルトの子守唄を耳に乗せながら、夫は嘯く。
敬虔な信徒でもなかったくせに、最期は教会で懺悔がしたいなんて、おかしなことを言うものだ。
「ねね子や」
「はい、旦那様」
――ねむれ、ねむれ、母の胸に。ねむれ、ねむれ、母の手に。
夫の声を聴き逃すまいと、耳を傾けたわたしに、彼は微笑む。
心残りは貴女だけだと言いたげな、淋しそうな微笑みだった。
「貴女はほんとうに、シューベルトがすきなのだね」
――あたたかきその袖に、包まれて眠れよや。
繰り返される旋律を無意識に弾いていたわたしは、その言葉にハッとする。