Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
シューベルトと春の再会《3》
夫との出逢いは県立芸術高校を卒業し、現役で入学した東京の音楽大学で本格的にピアニストとしての活動をはじめた頃に遡る。当時は両親も健在で、わたしは世界的ピアニスト鏑木壮太の娘という肩書を利用して、天才女子大生ピアニストとして日本のクラシック界に華々しく登場したのだ。
親の七光りだと言われようが気にすることがなくなったのはきっと、高校で過ごした三年間がとても充実していたからだ。母親の言いなりになって私立の音大附属高校に入っていたらきっと、恋を知ることもできないままピアノ漬けで、あたまがおかしくなっていただろう。
大学生になって、わたしはパパとママと呼ぶことをやめた。ようやく、反抗期が終わったのだ。
――壮太の娘にしては、いい音を出しますな。
あれは音大主催のコンサートの前座でシューベルトのセレナーデを弾いたときのことだ。
拍手をしながらわたしに近づいてきた初老の男性は非常勤講師の須磨寺喜一と名乗り、はるか昔に自分の父にピアノを教えたことがあるのだと悪戯っぽく話してくれた。
海外から戻ってきた父はそのことを知ってあたまを抱えていたけど、娘が褒められたと知るや否や、嬉しそうに破顔した。
世界を飛び回る父親は日に日に存在感を増すわたしの成長を目の当たりにして誇らしげにしてくれたし、母親も小中学生の頃よりも干渉することがなくなり、わたしは大学在学中、思う存分自分の音と向き合い、技術を高めることができた。卒業後は株式会社グッディクラシカルミュージックと専属契約をすることも叶い、ソロでのCDデビューも目前だった。
それもこれも、初恋の想い出があったから。世界で羽ばたけるピアニストになって、いつか彼と再会するのだと、心の底から願っていたのだ……二十三歳になる、その日まで。