Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
シューベルトと春の再会《4》
「何を笑っているんだい」
「……死ぬ死ぬ言いながら、お互い図太く生きてますね」
「そうだな。ねね子も軽井沢の空気が合ったみたいで良かったよ。添田も貴女の仕事っぷりを褒めていたし」
「そう、なのですか?」
三年前の夏、上野から新幹線に乗って軽井沢の駅へ降りたったわたしを迎えてくれたのは、ホテルマンのようななりをした初老の男性だった。添田、と名乗った彼は須磨寺一族が所有している別荘地“星月夜のまほろば”の実質上の支配人だった。
執事として夫に仕えているという彼は、わたしを見て「奥様?」とたいそう驚いた顔をしていた。このときになって、自分は須磨寺喜一の妻になることを意識したのだ。
「峰子はピアノだけが取り柄の箱入りお嬢様でね。家事はからっきしダメだった。ねね子もはじめはそうだったが、いまじゃあ家政婦と一緒に一通りの仕事ができるようになったんだものなあ。若いと覚えが早いんだろうな」
「だけどはじめは驚きましたよ。軽井沢に着いたとたん、ウェディングドレスを準備されるんですもの」
わしを看取れ、それが彼のプロポーズの言葉だったのだ。