Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
そして添田に用意されたドレスに袖を通し、教会へ連れていかれた。自分ひとりの写真を撮られた。その写真はわたしを金づるとしか思っていない親族へ送り付け、もう二度と近づくなとけん制するために撮影したのだという。現に都内のマンションを引き払ってから、彼らと接触することはなくなった。それだけで、ずいぶん気持ちが楽になったのを覚えている。
花嫁姿の写真撮影を終えた教会で誓いの言葉を交わすことはしなかった。
けれどもその場でサインを求められた――婚姻届の。
「写真を撮って、鏑木って名字じゃなくなったからなのか……憑き物が落ちたかのように、身体が軽くなったんですよ」
「……ねね子、なぜあのとき拒まなかった?」
「拒む? なぜ?」
「……貴女はまだ若い。こんな老いぼれを看取るためだけに婚姻届にサインするなんて、莫迦げたことだと思わなかったのか?」
「だって、旦那様が望まれたからでしょう?」
何をいまさらそのようなことを言っているのだろう。ピアノの弾けないピアニストなど無価値で、誰からも必要とされるわけがないと言っていたわたしを、必要だと引き留めてくれたのは目の前にいる夫だけだ。
父のピアノを預ける代わりに、婚姻届にサインしたわたしを夫は無表情で見つめていた。