Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

シューベルトと春の再会《5》




 “星月夜のまほろば”には五棟の平屋の別荘が距離を置いて建っている。管理人が暮らす邸宅はその土地よりもすこしだけ標高の高い場所にある二階建てのこぢんまりとした洋館だ。

 契約している会社の厚生施設として使用されているこれらの別荘にはふだん鍵がかけられており、シーズンがはじまるまでは通いの家政婦が週に数回掃除をするためだけに扉を開いている。白樺並木に並ぶログハウスは、夏休みになると会社の家族連れの利用でより賑やかなものになる。

 夫とわたし、添田らが暮らす洋館には、玄関ホールにグランドピアノ、応接間にアップライトピアノ、そして二階の寝室にわたしが運ばせた父親のアップライトピアノが設置されている。冬場は寒いから全室床暖房完備。夏は涼しいのでこちらで暮らしはじめてからはエアコンの風が苦手になってしまった。

 四月のいまの季節は夜間だけストーブを使っているが、調律師が玄関先での作業を先に行うというので、ストーブの用意をした。すべての調律が終わるまで待っているように言われたわたしは、手持ち無沙汰になって、二階の寝室で不貞腐れている。

 ――調律師さんの作業、見たいのにな。見られるの、イヤなのかな。
< 44 / 259 >

この作品をシェア

pagetop