Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

   * * *


 夫は紫葉に「可愛いだろう? ねね子のピアノはわしだけのものなのさ」とわたしの自慢をはじめていた。もうすぐ三年になりますと告げる添田の言葉にも興味なさそうに、彼は黙々と次のピアノの調律に向かう。

 身近で調律を見るのは久しぶりだ。器用な紫葉の手の動きを追いかけるうちに、そういえば、ともに連弾した彼の手もこんな風に器用だったなと、場違いなことを思い出してしまった。
 彼は別人だと心の中で何度も念じながら、紫葉の作業を背後で見守る。
 やがて、彼が調律を終え、一曲披露するからとこちらを向き、わたしの方へ、ぶっきらぼうに声をかける。


「――奥様、リクエストは?」


 その声は、かつての初恋のひとにそっくりで。
 わたしは思わず口にしていた。


「もういちど、シューベルトの、セレナーデを……お願いできますか、調律師さん」
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