Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
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夫は紫葉に「可愛いだろう? ねね子のピアノはわしだけのものなのさ」とわたしの自慢をはじめていた。もうすぐ三年になりますと告げる添田の言葉にも興味なさそうに、彼は黙々と次のピアノの調律に向かう。
身近で調律を見るのは久しぶりだ。器用な紫葉の手の動きを追いかけるうちに、そういえば、ともに連弾した彼の手もこんな風に器用だったなと、場違いなことを思い出してしまった。
彼は別人だと心の中で何度も念じながら、紫葉の作業を背後で見守る。
やがて、彼が調律を終え、一曲披露するからとこちらを向き、わたしの方へ、ぶっきらぼうに声をかける。
「――奥様、リクエストは?」
その声は、かつての初恋のひとにそっくりで。
わたしは思わず口にしていた。
「もういちど、シューベルトの、セレナーデを……お願いできますか、調律師さん」