Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

調律師になったシューベルト《2》




 青春時代の口約束など、叶えられるわけがない。
 そう思いながらも俺は、ネメにふさわしい男になれるよう、動き出していた。
 彼女なら大丈夫。父親を越えるピアニストになって、きっと世界で活躍するようになる。
 そのときに俺は、彼女の隣に立ちたい。その一心で、大検の勉強をはじめた。

 俺が十八歳の夏に、母親が再婚した。
 相手は国内屈指の不動産関連事業を束ねている紫葉不動産株式会社の社長、紫葉章介。俺も紫葉礼文と名字が変わり、バイトをせずとも勉強できる環境を手に入れた。彼には前妻が遺した娘がいたが、義姉になついた双子の弟たちとは異なり、俺はとっとと独り立ちしたいと考えるようになっていた。貧困の底から一気に御曹司へと立場が変わったことで、仁をはじめとした古くからの仲間は俺をシンデレラボーイなんて呼んだが、お金の心配がなくなっただけで面倒くさいことに変わりはない。

 義父は俺も関連会社の役員の椅子に座らせようとしていたらしい。俺はそうなるのはごめんだと思いながらも、養育費を払ってくれる彼を安心させるため、大検をパスした後、行きたくもない地元の短大の経営学部に進学した。サークルには入らなかったが、短大一年目は高校時代からつづけているレイヴンクロウの活動と仁のライブハウスの帳簿づけの手伝いでそれなりに充実した日々を送っていた。ただ、芸高出身の三人で作ったレイヴンクロウの活動は、先輩メンバーの進学や就職が重なったことで解散することになった。
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