Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

 その一方で、俺はピアノ調律師の勉強をはじめた。将来会社の経営も手伝うからと両親を納得させた俺は短大卒業後に専門学校に二年間通い、本格的な技術を学んだ。
 調律師の資格を手に入れたのはピアノとの接点……いや、ネメとの接点を残したかったからだ。

 専門学校へ入った年に、ネメは女子大生ピアニストとして華々しくデビューした。画面越しに見た二十歳の彼女は、あのときよりもさらに美しく成長していた。大人びたノースリーブのヴァーミリオンのロングドレスが、より彼女を色っぽく見せていたのかもしれない。

 世界的ピアニストの娘として注目を浴びた彼女だったが、その肩書きすら利用して舞台で輝いていた。
 いつかコンサートホールのピアノの調律に携わり、ネメに弾いてもらいたい……初恋を拗らせていた俺は、他の女性に興味を抱くこともなく、勉強とピアノに賭ける日々を送っていた。

 ネメの活躍は調律師を目指す仲間たちのあいだでも有名になっていた。ピアニストの父親がいるのだから英才教育を施された娘も同じようになるのか、いや、彼女は音大に入る前まではちいさなコンクールの末席に名前が残る程度の腕前で、父親がピアニストだからといって過大評価されたことはなかった、めきめきと頭角を表すようになったのはつい最近だ……などなど。

 自分が彼女と同じ高校出身であることは伏せていたが、ネメの話になるとつい夢中になってしまう俺に、まるで恋しているみたいだと言われたこともあった。ああそうさ、俺は高校のときから彼女に夢中なんだ。いつかシューベルトの妻になると口にした、可愛いネメに。
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