Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

 彼女は昨年の初夏からここ、軽井沢にいるという。いまは家政婦と買い出しに行っているそうだ。ピアノを弾くのが上手で、主人とよく連弾をしているのだという。かつてなにをしていたか、どこの出身なのかは添田も深くは知らないらしい。ただ、東京から身一つでこの土地に来た彼女が別荘管理の仕方を熱心に学んでいるのを見ているうちに、情が湧いたと笑っていた。主が死んだら須磨寺の屋敷と別荘地はとっとと売り飛ばすつもりでいたというが、彼女が引き続き管理するのなら、どうにかして残したいと考えるまでになってしまったと、添田は訥々と語りだす。

「……紫葉不動産が“星月夜のまほろば”の土地を狙ってらっしゃるみたいですが」
「義姉の考えていることは俺にはわかりませんよ」

 ただ、須磨寺亡き後の土地を、彼女が引き継ぎたいと思っているのなら、俺が義姉を窘めることは可能だと、添田に伝えた。
 彼なら須磨寺にこのことをしっかり報告するはずだ。それならばいっそ、ネメのはなしを彼にするのも一考かもしれない。

 そう思ったから俺は、ずっと蓋をしていた初恋の想い出を添田に口にしていた。
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