Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
シューベルトの妻になると誓って、ピアニストになったものの姿を消した、ネメという名の女の子のことを。
サイドボードに飾られた花嫁が、彼女に見えて、動揺してしまったのだ、と。
――逢いたいですか、と問われて咄嗟に首を振る。
世の中には同じ顔をした人間が三人いるという、俺がネメだと思い込んだだけで、別人の可能性だってある。
添田は俺の要領の得ない応えを苦笑しながら頷き、告げた。
「奥様の存在は、ご内密に願います。主は余命いくばくもありません。それまでは、そうっとしてやってください……」
須磨寺の親族間にも彼女の存在は秘されているのだと添田はいう。それだけ深い愛情を与えられているのだろうか、それとも公にできない事情があるのだろうか。
写真のなかのねね子はネメだと確信を持てないまま、俺は須磨寺の屋敷を去ったのだった。