Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
「……それは、わかりかねます」
俺の物騒な発言を無視して、添田はため息をつく。
若いふたりのまどろっこしい現状は、はたから見るとたいそう滑稽なのだろう。高校時代にいっときだけ恋人同士だったふたりが、お互いに隣合える未来を思い描きながら実際に九年後に再会したら、彼女はすでに他の男のものだった……けれどもその結婚は不本意な、契約的なもので、男女の愛情は存在していない。彼女を一途に求める俺に、添田は諦める必要はないと言ってくれた。どうせあとすこしで主人は死んでしまうのだからと。
須磨寺も俺がネメを求めていることに気づいているきらいがある。自分が死んだら若い男に譲ってやるとでも考えているのだろうか……彼女はものではない、けれど。
そうだとしたら、俺は添田に躍らされているのかもしれない。彼女を手に入れるためだけに義姉から社長の椅子を貰い受けたのは、紛れもない事実だ。社長になれば、彼女をパトロンにして傍に置くことも容易いと考えていたから。
須磨寺のためにピアノを弾いていた彼女が、もし俺との結婚を拒むのなら、いっそのことパトロンにして縛りつけてしまえばいいのだ。
次回の調律は一年後にまた連絡しますと言っていたが、その頃には須磨寺の寿命が訪れているだろう。添田もわかっているのか、それ以上は何も口にしなかった。
俺は須磨寺の別荘地と、そこを今後管理していくであろう彼女との未来に想いを馳せ、昏い笑みを浮かべるのだった。