Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
投げやりに応えれば、アキフミが唖然とした表情を浮かべる。
まさかわたしが気安く応じるとは思わなかったのだろう。幻滅したかもしれない。だって彼が知るあたしは九年前の、青臭いだけのピアニストの卵だったわたしで、いまの腐りきったわたしではない。生まれて二十六年来男を許したことはないけれど、彼がこの軽井沢の土地とピアノを守ってくれる代わりにわたしを求めるのならば、別に愛人扱いされても構わない。
いまさら初々しい約束を添い遂げたくても、わたしはバツのついた未亡人。成り上がったシューベルトの妻に相応しいのは、落ちぶれた元ピアニストのわたしではない。
紫葉リゾートの社長になった彼はただ、初恋を美化しすぎているだけ。
「わたしでよければ、シューベルトの愛人になってあげる」
だから、きっぱりと言い放つ。
せいぜい飽きるまで、わたしを傍に置けばいい。
どうせ、夫を亡くしたわたしにはこの軽井沢の土地とピアノしか縋るものが残されていないのだから……