Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
クアトロダウンステアーズ。
何が言いたいのかよくわからない建造物の名前。柊が手にしているのはその単語が綴られた紙切れ。たぶんチケット。受付のお姉さんが柊の持っていた二枚の紙切れを切り離す。奥へ進む。分厚い扉の向こうにはミキサー、照明、暗幕……ここは。
「劇でも観るの?」
小劇場みたいな場所だった。でも違った。客席はないし大きなスピーカーが占拠してるし煙草くさい。なんか、ガラ悪そうなお兄さんがしゃがみ込んでる……なんだろう、これ。
不安そうなわたしを見て、柊が呆れたように口を開く。
「違ぇよ。お前、ライブハウス行ったことないのか」
「うん……ここライブハウスなの?」
「まぁ見てろ、すぐ始まるから」
柊が言い終わる前に、盛大な拍手が鳴り響く。始まりの合図。そして生まれる爆音。耳を塞ぎたくなるような大きさのノイズが、わたしを威圧する。ドラムの鼓動。ベースの振動。ギターの奏でるメロディ。高らかに愛の言葉を叫ぶシンガー……目の前の圧倒される光景から目がはなせない。横にいる柊が、いつの間にか姿を消していることにも気づかずに。