Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―

 だからアキフミが処女のわたしを抱いて、何を思ったのかすごく気になる。夫の火葬が終わった夜に、まるで逃げ出さないようにわたしを抱いた彼。シューベルトの妻になると無邪気に口にしていたわたしはもう、ここにいないのに。愛人に成り下がったわたしでも、ほんとうに構わないというのか?

「……勝手過ぎるわ」

 夫に罪悪感がないといえば嘘になる。葬儀を終えた夜に過去の男に抱かれたのだ、常識的に考えればぜったいおかしいに決まっている。
 けれど添田はアキフミの味方らしい。そのことを考えると、自分の死後を添田に任せた夫も、アキフミがわたしを狙っていたことを知っていた可能性が高い。
 何も知らないのはわたしだけ。なのにアキフミは素知らぬ顔をして、ピアノを弾きつづけるのだ。
 今度はシューベルトのセレナーデ。
 愛を捧げる楽曲はもう、お腹いっぱいだというのに。
 わたしは観念して、布団のなかに潜り込む。
 それでも彼の情熱的な演奏が、わたしを追い求めるように、深く深く、内耳に響く――……
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