Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
てっきりわたしがぼんやりしていたことを突っこんでくると思ったのに、アキフミはわたしの言葉を受けて、黙り込んでしまった。気まずい空気が、ふたりの間に漂う。
なんだか拍子抜けである。
* * *
添田にアキフミの愛人になった、と宣言したら複雑な顔をされてしまったが、特に反対はされなかった。事前にアキフミが根回ししていたに違いない。
アキフミも添田のことを重宝しており、ふたりの親子のような信頼関係に、わたしの方が妬きそうになる始末。
今日もふたりで軽井沢駅周辺の偵察に行くとか行かないとか。
わたしが楽しそうに本日の予定を語るアキフミをジト目で見つめれば、彼はそうだ、と軽く手を叩いて提案する。
「お前も来るか?」
「いいの?」
「紫葉不動産の長野支店に寄る用事が終われば、このあとはフリーだ。夕方までふたりでデートしよう」
「愛人なのにデート?」
「だから愛人愛人うるさいぞお前……」
はぁ、とため息をつくアキフミを見て、わたしは首を傾げる。いまさら恋人なんてキラキラした関係、高望みすぎる。
そんなわたしをやれやれと見やったアキフミは、添田に声をかける。
「そういうわけだから、車の手配、頼む」
「かしこまりました。紫葉さま」
恭しく新たな主へ一礼した添田は、珍しく、笑っているように見えた。