Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
「それもそうだな。俺は最近まで東京にいたから……その土地の事情を考えずに無謀な提案をしてすまない」
「ううん。アキフミがあの別荘地をさらに良いものにしようと考えてくれているんだな、ってことがわかって安心したの」
「いや……義姉は、すべて潰してホテルにする計画を立てていたからな。俺はネメが大切にしているものをなるべく壊したくなかったんだ」
「土地とピアノ?」
「……ああ」
添田が運転する車の後部座席で、隣同士ぴったり座ったまま、わたしはアキフミの仕事のはなしを興味深くきいていた。
須磨寺の屋敷と別荘地と三台のピアノを言い値で買い取った彼は、義姉が考えていた計画を白紙にし、すでに建てられている五棟のログハウス風の別荘そのものを改良する方針へ舵をとった。
反発する社員も多かったというが、新社長自らが用意した緻密な計画書を前に、彼らはぐうの音も出なかったという。屋敷にパソコンを持ち込んで何をしていたのか不思議だったが、これがいま流行りのリモートワークの一環だったと知り、納得する。
「夜中にこそこそパソコンしていたのはそれが原因?」
「もしかして起きてしまったか? だとしたらすまない」