Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―
monologue,2
初恋を拗らせたシューベルト《1》
「わたしでよければ、シューベルトの愛人になってあげる」
ようやく手に入れた初恋の相手に、「愛人になってあげる」と言われた俺は、どうしてこうなったんだ、と思い悩んでいた。
* * *
ネメの夫であった須磨寺が死んだ際、葬儀の場で土地とピアノを買い取った旨を再会したばかりの彼女に告げた。葬儀の前に調律師として一度顔を合わせてはいるが、あのときのネメは俺のことをアキフミだと思っていなかったし、俺も彼女を須磨寺の奥様と呼んでいる。
正体を明かして真っ向からぶつかってきた俺に、彼女はたいそう驚いていたが、拒絶はしなかった。
本来なら死別後の再婚を示唆して、すぐさま俺と結婚するよう伝えるはずだった。民法上は百日の制限と呼ばれるものが存在するが、彼女が妊娠している可能性が皆無ならその制限は無効になるからだ。
けれどもネメはその場で、夫と過ごした土地とピアノを守るために自らが愛人になると宣言してしまった。
もう二度と、結婚などしないという彼女の想いに気づき、戸惑った俺は、彼女の想いを踏みにじってまで結婚を提案することができなかったのだ――……
死んだ須磨寺を慮っての愛人発言だとわかっていたが、俺は無性にムシャクシャしてしまった。