彼女

お願い

 あれから一年近くの時間が流れ、高二の夏がやってきた。

 僕は少しづつだけど学校行事などを通し、クラスメイトとの関わりを増やしていったことで、あの中庭に行き一人で過ごす時間が減っていた。

 二年に進級しクラス替えがあったが何の悪戯が嫌がらせか、栗原と再び同じクラスに編成された。

 栗原は僕と一緒のクラスになったことに対して、またかよと不満顔で呟いていたが、僕は前のクラスから関わりのある栗原と一緒のクラスになれたのが嬉しかった。

 相変わらず、ずかずかと遠慮のないやつだが、僕の過去を知っていて、なお、僕と変わらず接してくれた大切な友人の一人。

 また一年という時の流れの中で、僕の関わりのある人たちにも色んなことがあった。

 まずは山川さんが驚いたことにあれからバスケを再開した。夏の大会が終わって、栗原との距離が以前より近づいたと思っていたが、まさかバスケ部に入部していたとは思ってもいなかった。

 彼女がなぜバスケを再開したのかの理由は敢えて聞いていない。ただ、時々、僕を誘いバスケの練習に付き合わせた時にみた彼女の楽しそうな笑顔は、バスケを再開してよかったと心からそう思えた。

 篤と勇次とは、定期的にメールでやり取りをしている。僕が、あの後、ありがとうと送った時は、何事かと心配して電話を掛けてきたことが、今でも笑い話となっている。

 二人は入学してから、その実力と実績に期待されていたこともあり、去年の夏の大会ではベンチ入り、それ以降はスタメンへと順調に成長し続けている。

 去年の夏はインターハイ目前で逃したが、今年はインターハイ出場を決めている。僕は県大会準決勝の応援に行ったが、彼らのプレーは眩しく、そして、かっこよかったのを憶えている。

 僕の隣で一際大きな声で応援していた女子生徒がいたが、それがまさか、勇次の彼女だったと知ったのはその数日後だったけど。

 桜は篤と付き合っている。あれから、僕が何度か遊びに行った時に、お互い恥ずかしそうに僕に報告してくれた。他人事ながらとても嬉しかったのを憶えている。

 勇次は篤を小突きながら、コイツから告白したんだぜと、冷やかすような口調で僕へ教えてくれた。その時の、照れて顔を真っ赤にした桜が、とても可愛らしく思った。

 その時間を共有できていることに僕はとても感謝している。去年の今頃は、全く正反対の僕がいたのに。

 それぞれの時間が流れている。

 掛川とは食事に行ったり、買い物に行ったりと、一緒に過ごすことが増えていたけど、彼女は将来の夢である医者になるため、医大への進学を志しており、その為、進級した時に予備校へと通い始めた。それから、学校の廊下で会えば話しをしたりするけど、休日や放課後、彼女と出掛けることはなくなった。

 掛川の夢のため僕は応援すると決めている。だから、邪魔しないように連絡もとっていない。彼女からの連絡がきたら返すだけで。

 僕も進路について考えなければいけないんだろうけど、特にやりたいことも見つけられず、進学か就職かさえも未定である。

「進路?」

 栗原は卵焼きを口に入れもぐもぐさせながら、机に出していた何も書かれていない進路希望調査票をのぞき込んだ。それに僕が頷くと卵焼きをごくんと飲み込み、

「私はとりあえず進学かな。短大だけど」

 と、答えた。

「幼稚園か保育園で働きたいから」

「あぁ、栗原に向いてそうだね」

「そうかなぁ」

「子供に負けないパワーがある」

「何よそれ」

 僕と栗原のやりとりを見て山川さんが笑っている。山川さんは社会福祉士の資格をとり福祉系の仕事につきたいらしく、やはり、大学進学を目指しているそうだ。

「あんたは?」

「まだ進学か就職かも決めていない。特に、やりたいこととかも全然ないし」

「とりあえず進学してから、やりたいことを探してもいいんじゃない?」

 まぁ大学へ行けば視野も少しは広がるだろうし、やりたいことも見つかるかもしれない。

「それもそうだ」

 と、深く考えず、僕は進路希望調査票へ進学希望とだけ書いた。具体的な大学などは、成績を考えながら決めていこう。

「今日の部活はミーティングだけだったかな」

 栗原が山川さんへ尋ねた。

「うん、だからすぐに終わると思うよ」

「だったら……あんた、私たちとバスケして遊ぼうよ」

 と、栗原はあんたはどうせ暇でしょと言わんばかりの口調で言った。確かに、僕は放課後に帰ってもすることがない。

「いいよ」

「それじゃ、運動公園で待っててよ」

「分かった」

 僕は栗原たちと約束をすると、飲み物を買いに行くと伝え、席を離れた。

 放課後になり学校から少し離れた運動公園で二人を待っている。夕方近くなっても真夏の陽射しは強く、僕は堪らなくなって木陰へと避難した。

 どむどむどむ…

 ボールの弾む音の方へ顔を向けると、栗原と山川さんが、向こうの方から歩いてくるのが見えた。よく見ると栗原の影に隠れるように女の子が一人いることが分かった。

 僕は栗原たちに手をあげると、栗原がバスケットボールを僕へとパスした。栗原の手から放たれたボールは正確に綺麗な弧を描いて、僕の胸へと飛び込んできた。

 栗原たち三人と合流した僕は、誰だろうと栗原の後ろにいる女の子の方へ視線をやると、女の子は慌てて栗原の後ろから姿を現し、僕に向かってぺこりと頭を下げた。

 肩につくくらいの髪は、毛先辺りが緩く内側に巻かれており、前髪がやや太めの眉の上で綺麗に切りそろえてある。

「彼女は私たちの中学の後輩で、男子バスケ部のマネージャーの加納(かのう)ちゃん。一年生」

 誰だろうと不思議そうに女の子を見ていた僕に、栗原が簡単に紹介した。

「よろしくお願いします」

 もう一度、加納さんは僕へ丁寧に頭を下げる。それにつられるように、僕も彼女へぺこりと頭を下げた。

 どうやら男バスは今日はオフの日ということもあり、加納さんを連れてきたようである。

「行こうよ」

 と、栗原がコートの方へさっさと歩いていく。それにつられ、僕らも後をついて行った。

 栗原たちはスカートの下に短パンをはき、僕からボールを受け取ると、楽しそうにバスケを始めた。

 加納さんもそこそこ上手い。マネージャーにしておくだけじゃ、勿体ないと思えるくらい。

 僕はコートの外から、少しの間、三人のプレーを眺めていたが、栗原に呼ばれたため一緒にバスケを始めた。

「ちょっと休憩」

 栗原はそう言うと、コート脇に置いていた鞄からジュースを取り出すと、ぐいっと喉を潤した。

 時々、三人でバスケをしているが、やはり、現役の二人の体力にはかなわず僕が一番先にへたばる。

「これくらいのバスケなら大丈夫?」

 山川さんが隣にいる加納さんへ声をかけると、彼女はこくりと頷き微笑んだ。

「加納ちゃんは、私たちが引退した後のキャプテンだったんだ」

 栗原は飲み干した空のペットボトルで僕の肩をぽんっと叩きながらそう言うと、僕の隣に座った。

「私、怪我しちゃったんです」

 加納さんは、ボールを指先でくるくると回しながら言った。

「それで、軽くならできるけど、部活で本格的に続けるのが難しくなって、それでも、バスケに関わっていきたかったから、マネージャーになったんです」

 回していたボールをぽんと栗原の方へ投げ、それを受け取った栗原が今度はくるくると回し始めた。

 加納さんの膝には、二箇所の手術後が残っている。

「それでね、加納ちゃんは、あんたを男バスに誘いに来たってわけ」

「……ん?」

 突然の話しに、僕の頭が一瞬固まった。

「どうせ、やりたいこともない、することもない、堕落した生活をだらだらと送ってるんでしょ」

 確かにその通りだが、バスケから二年近く離れているし、今はもうバスケに対してそこまで思いもない。

「まだ、あんなに体も動くし、バスケをしてる時、とても楽しそうだし」

 山川さんも、僕が男バスに入ることに、賛成している様子だ。

 うちの男バスは、毎回、地区大会の二回戦、良くて三回戦で敗退するレベルだと聞いたことがある。まぁ、篤たちの高校のように、強豪チームだったら、今更入部しても、体力、技術でついていけないと思う。今の僕には、うちの男バスくらいがちょうど良いのだろうけど、しかし、どのようなレベルのチームでも、その出来上がっているコミュニティの中に入り込めるだろうかということが、一番大きな問題である。

「キャプテンも他の部員も、ぜひ先輩に入部して欲しいとおもっています。お願いします」

 加納さんは、真剣な表情で僕を見つめている。

「少し、考えさせて」

 加納さんへそう答えると、栗原は僕の背中をどんっと叩き、えへへっと笑った。



 その後、加納さんと連絡先を交換し、少しバスケをした後に解散した。

 僕は帰宅すると、早速、今日のことを篤にメールで伝えた。

 しばらくすると、篤からメールが返ってきた。

「良いじゃん、入部しろよ」

「また、みんなでバスケしよう」

 簡単で短い返事だったが、僕の背中を押すには十分過ぎた。

 僕は入部することを加納さんへ伝えた
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