夢と現実
黒子
アイ……
夢の中でしか会えない少女。
その彼女から、見つけてと、捕まえてと言われた。
僕は、しばらくの間、放課後になると、帰宅途中で途中下車して、繁華街などを歩き回った。こんなとこにいるはずもないのに。
少しでもいい。アイの、彼女の欠片でも見つかれば。
笑顔、寂しげな顔、その瞳、亜麻色の長い髪。
僕は、なんの手掛かりもなく、時間だけが過ぎていった。その間、アイは僕の夢に現れなくなった。
部活も休みがちになり、元気のない僕を、榊原と清水が心配して、気を配ってくれる。
「なんだよ、あのアイって子のことか?」
僕が無言で頷くと、榊原が大袈裟にぶんぶんと首を振りながら、清水の肩をぽんと叩いた。
「こりゃぁ、恋の病でも、集中治療室に入らなきゃダメなくらいの重病レベルだぞ」
「……ほんとだね」
「清水、お前モテるんだから、圭のために合コン開いてやれよ!!」
榊原がこれ以上の名案はないと言った顔をして、清水へ肩を組みながら言った。清水は呆れた顔を榊原の方へとむけている。
「それは圭くんのためと言うより自分が合コンしたいんでしょ。それに僕には、合コン開けるような女子の友達なんて一人もいないよ……」
「まじかぁ……」
露骨にがっかりした顔をした榊原と、その対応で困っている清水二人のやり取りを見ていると、なんだか少し元気が出たような気がした。
「今日から部活には、ちゃんと出るよ」
そう二人に伝えると、でも無理はすんなよと榊原は僕の胸を小突き、嬉しそうに笑った。
久しぶりに部活へ参加した僕は、へろへろになった体を引きするように歩いている。
ふと正門へ目を向けると、清水がやあと僕の方へ手を上げていた。
清水がこの時間にいることは珍しく、どうしたのかと尋ねると、委員会が長引いたんだと、溜息をつきながら答えた。
文化祭とは別に文化発表会というものがあり、清水が所属している文化委員会の仕事の一つである。
正直、文化発表会は、文化部がやっていることを校内の色んな場所で展示する程度のものである。うちの学校は文化祭が二年に一回しかないから、小規模の文化祭みたいな感じだ。
「大変だな」
僕がそう言うと、清水はメガネを外し、しょぼしょぼした目を擦ると、また、メガネを掛け直した。
その時に、普段は髪で隠れている清水の耳たぶがちらりと見えた。耳たぶに小さな黒子がある。
どこかで見たような気がする。
その時はそう思ったが、黒子なんて誰にでもあるし、そう珍しいものでもないかと、直ぐに頭の中からすっかり離れていった。
取り留めのない話しをしながら、すっかり暗くなった通りを駅まで歩いていく。
清水は、僕が落ち込んでいるのを少しでも励まそうと、委員会が終わっても待っていてくれたんだろう。
「ありがとう」
僕が清水にそう言うと、清水は少し照れたようにはにかみながら、何がだよと言い、空を見上げた。
それから半月が過ぎ、三年生も卒業間近となった2月下旬、僕はすっかり以前と同じように部活に出て、榊原や清水たちと楽しく過ごしている。
僕は夢の中で久しぶりにアイと会うことができた。
いつもと変わらない笑顔、風にゆらゆらと靡く亜麻色の髪。淡い桜色をした唇。白いワンピース。
「久しぶりね」
アイはそう言うと、長い髪を耳に掛けた。
耳たぶに小さな黒子があった。
僕は同じ場所に黒子のある人間を知っているような気がする。
僕が無言でアイを見つめていることを、怪訝に思ったアイが僕へと近付き顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「いや、その耳の同じ場所に黒子のある人間をどこかで見た気がするんだ」
そう言うとアイは驚いた表情をして、くるりと僕へ背を向けた。後ろ手で組んだその姿勢で、どこか遠くを眺めている。
僕とアイの間に、ゆるりとした風が通り過ぎていく。ふわりとワンピースの裾を揺らしながら。
「そっか……」
アイは僕のほうを振り返らず、小さく消えそうなくらいの声で、そう一言呟いた。
夢の中でしか会えない少女。
その彼女から、見つけてと、捕まえてと言われた。
僕は、しばらくの間、放課後になると、帰宅途中で途中下車して、繁華街などを歩き回った。こんなとこにいるはずもないのに。
少しでもいい。アイの、彼女の欠片でも見つかれば。
笑顔、寂しげな顔、その瞳、亜麻色の長い髪。
僕は、なんの手掛かりもなく、時間だけが過ぎていった。その間、アイは僕の夢に現れなくなった。
部活も休みがちになり、元気のない僕を、榊原と清水が心配して、気を配ってくれる。
「なんだよ、あのアイって子のことか?」
僕が無言で頷くと、榊原が大袈裟にぶんぶんと首を振りながら、清水の肩をぽんと叩いた。
「こりゃぁ、恋の病でも、集中治療室に入らなきゃダメなくらいの重病レベルだぞ」
「……ほんとだね」
「清水、お前モテるんだから、圭のために合コン開いてやれよ!!」
榊原がこれ以上の名案はないと言った顔をして、清水へ肩を組みながら言った。清水は呆れた顔を榊原の方へとむけている。
「それは圭くんのためと言うより自分が合コンしたいんでしょ。それに僕には、合コン開けるような女子の友達なんて一人もいないよ……」
「まじかぁ……」
露骨にがっかりした顔をした榊原と、その対応で困っている清水二人のやり取りを見ていると、なんだか少し元気が出たような気がした。
「今日から部活には、ちゃんと出るよ」
そう二人に伝えると、でも無理はすんなよと榊原は僕の胸を小突き、嬉しそうに笑った。
久しぶりに部活へ参加した僕は、へろへろになった体を引きするように歩いている。
ふと正門へ目を向けると、清水がやあと僕の方へ手を上げていた。
清水がこの時間にいることは珍しく、どうしたのかと尋ねると、委員会が長引いたんだと、溜息をつきながら答えた。
文化祭とは別に文化発表会というものがあり、清水が所属している文化委員会の仕事の一つである。
正直、文化発表会は、文化部がやっていることを校内の色んな場所で展示する程度のものである。うちの学校は文化祭が二年に一回しかないから、小規模の文化祭みたいな感じだ。
「大変だな」
僕がそう言うと、清水はメガネを外し、しょぼしょぼした目を擦ると、また、メガネを掛け直した。
その時に、普段は髪で隠れている清水の耳たぶがちらりと見えた。耳たぶに小さな黒子がある。
どこかで見たような気がする。
その時はそう思ったが、黒子なんて誰にでもあるし、そう珍しいものでもないかと、直ぐに頭の中からすっかり離れていった。
取り留めのない話しをしながら、すっかり暗くなった通りを駅まで歩いていく。
清水は、僕が落ち込んでいるのを少しでも励まそうと、委員会が終わっても待っていてくれたんだろう。
「ありがとう」
僕が清水にそう言うと、清水は少し照れたようにはにかみながら、何がだよと言い、空を見上げた。
それから半月が過ぎ、三年生も卒業間近となった2月下旬、僕はすっかり以前と同じように部活に出て、榊原や清水たちと楽しく過ごしている。
僕は夢の中で久しぶりにアイと会うことができた。
いつもと変わらない笑顔、風にゆらゆらと靡く亜麻色の髪。淡い桜色をした唇。白いワンピース。
「久しぶりね」
アイはそう言うと、長い髪を耳に掛けた。
耳たぶに小さな黒子があった。
僕は同じ場所に黒子のある人間を知っているような気がする。
僕が無言でアイを見つめていることを、怪訝に思ったアイが僕へと近付き顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「いや、その耳の同じ場所に黒子のある人間をどこかで見た気がするんだ」
そう言うとアイは驚いた表情をして、くるりと僕へ背を向けた。後ろ手で組んだその姿勢で、どこか遠くを眺めている。
僕とアイの間に、ゆるりとした風が通り過ぎていく。ふわりとワンピースの裾を揺らしながら。
「そっか……」
アイは僕のほうを振り返らず、小さく消えそうなくらいの声で、そう一言呟いた。