夢と現実

約束

 結局、僕はあの後、一睡もせずに放課後を迎え、いつものように部活に参加した。

 ありきたりの基礎練習、セット練習、五対五のミニゲーム、ランニングなどなど…

 部活が終わり、榊原と駅までどうでもいいような話しをしながら歩いた。

 家に帰ると、母のおかえりと言う声がリビングから聞こえてくる。僕はそれにただいまと答え、部活で汚れた洗濯物を出すと、自分の部屋へ荷物を置きに行き、風呂に入った。

 綺麗な女の子だったなぁ…

 僕は浴槽に浸かりながら、今朝見た夢で出会った女の子のことを思いだしていた。亜麻色の長い髪、大きい瞳、透き通ったような白い肌、桜色の唇。

 夢の中ではなく、現実にいてくれないかなぁと思う。

 そんなこんなで、のぼせそうになる前に、僕は風呂から上がると食卓へ行き、夕食をお腹一杯食べた。

 夕食後ら部屋に戻り、今日の授業で出された課題を終わらせ、ベッドにゴロンと横になると、お腹が一杯なことと、部活での疲れとで、急激に強い睡魔に襲われた。



 気がつくと僕は、あの野原に立っていた。

 彼女は今朝見たのと同じ格好のまま、野原に座っている。正座を横に崩した、いわゆる横座りで。そして僕の方を見ずに、どこか遠くを眺めていた。

 しばらく、彼女の綺麗な横顔に魅入っていると、すっと彼女が僕の方へ視線を向けて、

「来てくれたんだ、圭くん」

 と、嬉しそうに微笑んだ。彼女は僕の方へ手招きをすると、横に座るように促した。しかし、僕の足は根が張ったように動けないままでいる。

 彼女は立ち上がり、そんな僕の方へとゆっくりと近づいてくると、僕の両手を優しく握りしめ、大丈夫よと耳元で囁き、僕を彼女の座っていた場所へと連れていこうとした。すると、さっきまで、全く動かなかった足が軽くなり、彼女に誘われるまま、彼女の元いた場所へと歩き出した。

 そして、彼女は僕の手を離し、再度、座るように促すと、僕はそれに従い隣に座った。

 彼女はどこかで聞いたことのある懐かしい曲を口ずさみ、僕が隣にいるのを忘れているかのように、遠くを眺めている。

 僕はそんな彼女の視線を追うように、遠くを見た。広い野原の先には何もなく、永遠に野原だけが続いているようだった。

 彼女へ視線を向けると、彼女はいつの間にか、両腕で膝を抱えた座り方になっており、膝の上に頬をのせ、僕の顔をじっと見つめていた。

「ねぇ」

 桜色をした綺麗な唇が、小さく動いた。彼女の透き通るような白い肌が、その唇の色を際立たせている。

「圭くんには、彼女はいるの?」

 僕は彼女の問いに、いないと答えた。

「そっか……」

 彼女は足を伸ばし、ごろんと野原へ寝転び、視線を空へ向けている。僕も彼女と同じように視線を空へと動かした。雲ひとつない、真っ青な空が僕らを包んでいる。

「それなら……」

「彼女ができるまで、私とここで会いましょう」

 彼女は、大きな瞳を静かに閉じながら、そう呟くやくように言った。

 僕はそんな彼女の方をちらりと見て、いいよと答えると、彼女は少し間を置いて、ありがとうと呟いた。

 それから僕らは何も話さず、緩やかな時間だけが二人の間を流れている。

「そろそろ、時間かな」

 彼女はそう言い立ち上がると、僕の方へくるりと振り返った。ワンピースの裾がふわりと浮き上がる。微笑む彼女はとても眩しく、僕はなぜかその姿を直視してはいけない感覚になった。

 彼女からすっと視線を逸らし、少しの間、黙って俯いていた。

「君の名前を教えてよ」

 僕は、やっとの思いで彼女へ声をかけた。

「アイ」

 彼女は、自分の名前を僕へ伝えると、またねと小さく手を振った。



 気がつくと、あれから僕はベッドに横になったまま、いつの間にか寝ていたようだった。もう春とはいえ、夜中はまだ冷える。僕は、風邪をひいては堪らないと思い、急いで布団の中へ潜り込み、さっきまで見ていた夢のことを思いだしていた。

「彼女ができるまで、私とここで会いましょう」

 彼女は僕へそう言った。本当に、また会えるような気がする。彼女にまた会いたいと思う。

 僕は彼女に、アイに会えることを願い、再び目を閉じた。
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