秘する君は、まことしやかに見紛いの恋を拒む。
高人さんと飛行機を利用しようとした時にリタイヤした時点はもうとっくに過ぎている。あの時は、高人さんとでさえ乗る事が出来なかったのだから、自分はもう一生飛行機に乗る事は無いのだろうと考えていた。

それが今は、こうして飛行機の中に足を踏み入れる事が出来ている。

──もしかしたら私は、トラウマを乗り越える事が出来たのだろうか。

そんな僅かな希望は、飛行機が離陸する直前に砕け散った。

ゴゴゴゴと車輪が滑走路を滑る音に、まるで心臓を削られているかのように呼吸が苦しくなる。

(嫌、嫌、嫌、怖い・・・っ)

「四宮さん、大丈夫ですか?」
「嫌、嫌、や、やっぱり私、降りたいです、降ろして・・・っ」

隣のシートに座る秋世さんにそんな馬鹿な懇願をしながら、耳を両手で塞いで煩すぎる騒音から逃れようとする。

「飛行機で事故に遭う確率は他の乗り物に比べてかなり低いので、ここに来るまでに利用したタクシーへ乗る事を恐れる方がよっぽど現実的ですよ」
「でも、だって・・・っ」

秋世さんの言葉が上手く自分の頭に届かない。車輪が滑走路を滑る音さえも一瞬にして消え、それは飛行機が離陸したからであると気がついた。

「やっ、お、墜ちる、墜ちます!」
「墜ちませんから、落ち着いて下さい」
「嫌ぁ・・・!」

激しく揺れる機内。慌てふためく乗客。訳が分からず泣き叫ぶ幼い頃の私。顔を強ばらせたまま平静を保つ両親。──そうしている間におとずれた激しい衝撃。

まるで蓋が外れたかのように、幼い頃の記憶が奥底から鮮明に蘇っていく。

(怖い・・・助けて、高人さん・・・)
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