秘する君は、まことしやかに見紛いの恋を拒む。





『飛翠は本当に食べ物を美味そうに書くよなぁ』

そう言って、高人さんはよく私の食べ物の絵をよく褒めてくれた。確かに、人物、動物、キャラクター、風景等の被写体よりも食べ物の絵を描く事の方が好きだったし、周りの人にも褒めて貰う事が多かった。

「でも、やっぱり人物とか、オリジナルキャラクターとか、そういうのを上手に描けるイラストレーターになりたかったな」

『そうなの?俺は飛翠の描く食べ物の絵好きだし、そういう個性があるのも強いと思うけど』

モニターに映るイラストをそう言って覗き困れ、不意に近くなった高人さんとの距離に思わず心臓が跳ねる。

・・・誰より何より、高人さんに褒めて貰えるのが一番嬉しい。

食べ物の絵を描く事はとても楽しくて好きだったし、何より高人さんに褒めて貰える事が嬉しくていつしか食べ物の絵ばかりを描くようになっていった。




『飛翠、これとか描いてみたり出来る?』

そう言って、高人さんの方から色々な食品をよく薦められるようになったのはいつ頃からだっただろう。

お湯を注げばすぐに出来あがるインスタントの味噌汁、野菜スープ、冷凍食品。高人さんが薦めて持ってきてくれるものはいつでも身近な食品ばかりだった。

「ねぇ高人さん、どうしてお惣菜とかじゃなくて、いつもインスタント食品ばっかりなの?」

ふと疑問に思った事を尋ねたが、高人さんからの返事がない。

驚いて顔を上げると、さっきまで側にいた筈の高人さんの姿が無かった。あまりにも驚いて、3秒ほど目を丸くしてその場に立ち尽くす。

(・・・え?)

訳が分からず慌てて家中を走って探し回るが、それでも高人さんの姿は何処にもない。何処にもいない。

< 27 / 98 >

この作品をシェア

pagetop