秘する君は、まことしやかに見紛いの恋を拒む。
「──・・・わかりました、描きます」
そう答える他、私に選択肢など無い。
「ありがとうございます。あぁ、あと東京での住まいは用意してありますから心配しないで下さいね」
「えっ?」
そんな秋世さんの言葉に、思わず俯いていた顔を上げた。
(東京での住まいって・・・)
「あの、私の家は福岡にあるんですけど・・・。」
「遠くに居られると何かと不都合ですから」
「私をずっと逃がさないつもりですか」
「逃げるつもりだったんですか?」
そう鋭く返されて思わずぐっと黙り込む。
薬局の事を引き合いに出された以上、頼まれた仕事を投げ出す事は出来ない。・・・でも。
「逃げないから、福岡で仕事をさせて貰えませんか」
福岡の地は、私にとって高人さんとの思い出が沢山詰まった場所だ。それに高人さんと多くの時間を過ごした自宅も手放したくない。高人さんに関する場所も、記憶も、何一つ手放したくない。その思い出に一生浸りながら絵を描いていたい。
「申し訳ないですが、四宮さんを福岡に返すつもりはありませんよ」
すがるような気持ちで頼んだ事を涼しい顔で一蹴され、思わず泣きそうになる。
「・・・どうしてですか」
「東京での仕事が入ったとして、四宮さん俺がいないと一人で福岡と東京を往復出来ないですよね」
そんな秋世さんの言葉を否定する事が出来ず、唇をギリっと噛んだ。
東京までの機内、何度もパニックを起こしかけた私を落ち着かせてくれたのは他の誰でもない秋世さんだ。秋世さんがいなかったら、きっと私は正気では居られなかった。
高人さんがついていてくれると分かっていても、それでもどうしても飛行機に乗れなくて旅行をキャンセルした程。
・・・悔しいけれど、とても一人では出来ない。往復どころか、福岡に帰る便に乗ることすら難しい。
「最初からそれを分かってて、計算の上で私をここまで連れてきたんですね」
「だからそう言ってるじゃないですか」
なんてことない様子で私の言葉を肯定する秋世さんは、もう何処も高人さんに似つかない。
「絵を描く事で悲しみを紛らわせば良い」
つまり秋世さんは、私に高人さんの事で悲しむ時間を与えない。
秋世さんの事を、高人さんと同じで優しくて暖かな人だなんて思っていた自分が馬鹿みたいだ。