秘する君は、まことしやかに見紛いの恋を拒む。
「高人さんはどうして、私に会社の事、話してくれなかったんだろう」
三波さんに尋ねたつもりではなく、独り言のように唇から漏れた言葉に三波さんが答えた。
「飛翠ちゃんの前では、ただの雪谷高人でいたかったからじゃないかな。会社の事なんて関係ない、雪谷食品の社長跡取りじゃない、本当の自分自身」
「ただの、雪谷高人・・・」
「そう。本当の事を言った所で飛翠ちゃんが目の色を変えるだなんて事は無いだろうけど、それでも、飛翠ちゃんの前では次期社長でも何でもない、肩書きのない自分で居られるのが心地良かったんじゃないかな。幼い頃から御曹司みたいな扱いを受けて、ずっと周りから期待をされて生きてきた人だったから」
思いがけない答えに、鼻の奥がツンとして目が熱くなる。
まるで三波さんの言葉越しに、高人さんに弁解をされたような気持ちだ。
私は高人さんが嫌がるならと、高人さんの仕事について何も聞かなかった。高人さんが嫌がっても、もし恋人としてきちんと仕事や家の事について尋ねていれば、高人さんの全てを理解していれば、お通夜やお葬式にも出てあげられたかもしれない。
そうでなくとも、2週間なんて長い時間が経ってから訃報を受ける事は無かったかもしれない。
そう思って高人さんの仕事について何も聞かずにいた事を酷く後悔した。
・・・でもそんな自分の選択は、間違っていなかったのかもしれない。
例え高人さんがどんな仕事をしていてもどんな家の出身でも、私にとっての高人さんは高人さんだ。でも高人さんは違う。