秘する君は、まことしやかに見紛いの恋を拒む。

「はい。・・・頑張ってみようと思います」

しどろもどろながらもそう答えると、三波さんはどこかほっとしたように優しく微笑んだ。

「良かった。じゃあえっと、はい」

そう言って三波さんが鞄の中をゴソゴソとし何かを取り出す。

早速で申し訳無いんだけど、と言って差し出されたものは雪谷食品の定番商品でもあるインスタントのカップスープだった。

──飛翠、これ描いてみてくれない?

以前、高人さんに描いてみてと渡されたものと一緒だという事に気がついて思わず泣きそうになる。

「秋世から預かってたんだ。気持ちが落ち着いたら描いて欲しい」

「・・・はい」

気持ちが落ち着く事なんてあるのだろうか。そんな事をぼうっと考えながら、三波さんに差し出されたカップスープの箱を受け取った。







頑張ってみようと思います。

そう答えたばかりなのに、三波さんが帰ってからはまるで絵を描く気力は勿論、何をする気も起きなくなった。

大切な人が亡くなったら洗濯機を壊せば良い、苦労で悲しみが紛れるから。

そんな話をどこかで聞いた事があるけれど、苦労をする以前に洗濯機をどうこうしようとする気力すら起きない。
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