秘する君は、まことしやかに見紛いの恋を拒む。
無機質で立派で一人でいるには無駄に広く感じる部屋の中央に、ただ膝を曲げて座り込む。そうしてどのくらいの時間が経ったのだろう。段々座っている事も辛くなって、そのまま床に寝そべってみる。

案外ソファでもベッドでもないただの床に寝そべるなんて事は普段しないものだ。

固い床の質感が新鮮で、ひんやりと冷たいその温度がどこか気持ちが良い。

「・・・・・・高人さん」

ぽつりと漏れたそんな声は、自分でも驚く程に細くて情けなかった。

酷い虚無感にぼうっとしながら、ただ窓の外から差し込む光が変るのを見つめ続ける。床に寝転んだまま、眠る訳でもなくただ本当に何もしないでいるのは初めてかもしれない。

(そういえば今日一日中、食べものも飲み物も何も口にしていないな)

そんな事にふと気づいた時だった。

プルルルルルルル・・・と部屋に電話の音が響いた。

「・・・・・・電話?」

ポケットに入れておいた携帯から音が出ているのではない。この部屋に来た時にはあらかじめ備え付けられていた固定電話が鳴っているのだ。

ずっと床に寝転んでいたせいで痛む身体を起こして固定電話の前に移動する。

何だか嫌な予感がして、生唾を飲みながら受話器を取った。


『こんばんは』


受話器越しの声に思わず身体がビリッと反応する。

(ち、違う、高人さんじゃない高人さんじゃない・・・っ)

『もしもし、四宮さん?』

秋世さんに”四宮さん”と呼ばれ、危うく乱れかけた呼吸が整っていく。高人さんは私の事を”四宮さん”と呼んだ事はない。
ただ酷似しているという理由だけで情けなく秋世さんの声に反応してしまう心臓は、その呼び方で二人を区別しているのかもしれない。
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