秘する君は、まことしやかに見紛いの恋を拒む。
そうぽつりと呟いてから受話器を戻す。本当に強引だ、断りを入れる間もなかった。
(これって、準備しなきゃいけない流れだよね…)
ため息をつきながら一日中甘やかしていた身体を動かす。
とりあえず東京に連れてこられてから一度も替えていなかった服を着替えようとクローゼットを開けると、そこには秋世さんの言葉通りいくつかの服がハンガーにかかって収納されていた。
どれも着る人を選ばないようなシンプルなデザインのものであり、少しだけ悩んでから中から淡いピンク色のニットと黒いパンツを選んで拝借する。ニットは少し袖があまる程にサイズに余裕があったが、少しまくれば問題は無い。
そうして着替えを終えてからは、少しだけ部屋の中を循環してみた。
洗面所やお風呂場には石けんやシャンプーなどの必要な物がきちんと揃えられていて、側の棚の中には色々なサイズのタオル類が丁寧に収納されていた。
洗濯機の側には洗剤と柔軟剤であろうボトルが並んでいて、まさかと思って覗いた台所には調味料一式、冷蔵庫の中には野菜やハムなどの食材がいくらか収納されていて、その揃いっぷりに思わず目を見張る。
強制的で自分の望んでいない環境であるとしても、こんなにしてもらっているのに今日一日中何もしていなかった事に少し罪悪感を覚えた。
「・・・・はぁ」
何のため息なのかも、本日何度目のものかもわからないため息をつきながら財布をポケットに入れ、私は部屋を出た。