秘する君は、まことしやかに見紛いの恋を拒む。
まだ温かそうに湯気をたてているカップスープに目をやり、まずはその中身ではなくカップの縁を大まかに描いていく。
あくまでも中身がメインであるため、カップを斜め上から見下ろすようなアングルでの構成。
縁を書き終えてからカップ自体の枠を描き、ペンで簡単に影を落としていく。
──飛翠は本当に食べ物を美味そうに書くよなぁ。
「・・・・・・っ」
絵を描く事に集中していた筈なのに、急にそんな高人さんの言葉が蘇ってはっとする。
(駄目、駄目、集中しなきゃ、仕事なのに)
そう思うのに、手を動かせば動かす程、まるで本当に話しかけられているかのように高人さんの言葉が、声が蘇ってとまらない。
──飛翠が絵描いてるとこ、横で見てても良い?
「・・・・・・・・。」
気がつけばペンを置いて、両手で顔を覆って俯いていた。
自分にとって絵を描く事という事が、こんなにも強く高人さんとの記憶に強く結びついているなんて知らなかった。
私の横に高人さんは居ない。もう居てくれない。
良い絵が描けたとしても、もうそれを高人さんに見せて褒めて貰える事はない。
分かっていた事だ。それでも高人さんが望んだ事を実現させる為に絵を描いてみようと思ったのに。それなのに、わかりきっているそんな事がまだ理解出来なくて、受け入れられなくて酷く虚しい。